2021年8月9日、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、第6次評価報告書(AR6)の第1作業部会報告「自然科学的根拠(The Physical Science Basis)」を公表しました。この報告書は、気候変動に関する科学の現状を網羅的に評価したものであり、「人間活動が大気・海洋・陸 地の温暖化を引き起こしていることは疑う余地がない」と明確に断定しています。最終版は 2021 年末に公開され、2021 年の COP26(グラスゴー) や 2023 年の COP28(ドバイ)など、国際的な気候政策交渉の科学的基盤として用いられています。 報告書の重要なポイントのひとつは、地球の平均気温がすでに産業革命前と比べて約1.1°C上昇しており、今後 20 年以内に 1.5°C の上昇を超える可能性が高いという点です。このことから、温室効果ガスの排出を早急かつ大規模に削減する必要性が強調されています。 加えて、自然を活用した解決策(ナチュラルベースドソリューション)、特に「ブルーカーボン生態系」の役割が注目されています。ブルーカ ーボンとは、沿岸のマングローブ、海草、塩性湿地、そして近年では海藻によって取り込まれる炭素を指します。
現段階 (2025-04-21) の主な内容は
1850 – 1900 年代を水準にしたときの地球上気温の変化。 a) 10 年間ごと平均気温の変化の図です。 グレー色の線は古気候モデリングから見積もった温度変化ですが、黒色の線は実際に観測した温度変化です。 ちなみに、1300 年から 1800 年の間は少氷期 (little ice age) と呼ばれています。 b) 1850 年から 2020 年の間の温度変化を拡大した図です。茶色の線は 第6期結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP6)のモデルから求めた人間と自然活動における温度変化の値です。 緑色は太陽エネルギーと火山活動(自然活動)のみの影響を示しています。 つまり、2つの線の違いは人間活動の影響によります。 (参考資料:IPCCAR6 Figure SPM.1)
カーボンの色分け分類と地球炭素循環への影響 2008 年、オーストラリア国立大学のMackeyらによって、地球上の炭素循環における炭素の供給源(ソース)と吸収源(シンク)を、より直感的に理解するための分類体系が提案されました。それが、「カーボンの色による分類」です。
当初提案された分類では、以下のように定義されていました:
ブルーカーボン
ブルーカーボン(Blue Carbon) とは、海洋や沿岸の生態系によって吸収・固定される炭素を指します。 特に、海草藻場(seagrass meadows)、マングローブ林(mangroves)、塩性湿地(tidal marshes)、そして海藻藻場(seaweed beds)などが主要なブルーカーボン生態系として知られています。 この概念は、2009年に国連環境計画(UNEP)と国際気候変動パネル(IPCC)により導入され、気候変動緩和策の一環として国際的な注目を集めるようになりました。 ただし、ブルーカーボンの範囲には未だ議論があり、特に海藻(macroalgae)とその養殖の取り扱いについては、定義上グレーな部分が残っています(GESAMP, 2022)。
生態系ごとの年間炭素固定量(g C m-2 yr-1)と動態
代表的な沿岸生態系における年間の平均炭素固定量(Duarte et al. 2005, 2017; Macreadie et al. 2021):
これらの値は純一次生産量(NPP)ではなく、長期炭素貯留(sequestration)に関するもので、より実質的な「気候緩和価値」に近い数値です。 さらに、これらの生態系で固定された炭素の一部は、沿岸・外洋・深海など他の生態系へ輸送(炭素輸出)されるため、単純なその場での固定量だけで気候への貢献度を判断するのは過小評価となる場合があります。 たとえば、海草や海藻が枯死後に深海に沈降した場合、その炭素は数百〜数千年間隔離されうることが分かってきています(Krause-Jensen & Duarte, 2016)。
海藻養殖とブルーカーボン:過小評価から再評価へ
海藻養殖(Seaweed farming)は、当初はブルーカーボンの枠外とされていましたが、近年ではそのCDR(Carbon Dioxide Removal)効果と多面的価値(食料、肥料、バイオマス利用)が再評価されつつあります。 Duarte et al. (2017) は、世界全体の天然の海藻藻場による炭素固定量を約 173 Tg C yr-1 と推定しています。 一方で、養殖による固定量は当時最大でも 0.68 Tg C yr-1とされており、地球規模でのインパクトは限定的に見られていました。 しかし、その後の研究では、大規模養殖の拡大可能性や、バイオ炭化・深海投棄などを通じた長期炭素隔離戦略が提示され、「海洋ブルーカーボンの新たな柱」としての位置づけが模索されています(Duarte et al. 2021, Bach et al. 2021)。 また、推定によれば、海藻養殖 1 km2あたりで年間 1500 t CO2 を吸収することが可能であるとされており、これは食料・肥料・バイオエネルギー生産と並行して気候緩和にも寄与できることを意味します。
ブルーカーボンを再定義する時代へ
ブルーカーボンの概念は、従来の沿岸生態系から、沖合養殖や深海炭素輸送を含む広範なプロセスへと拡張されつつあります。 特に、科学的定量性と政策的受容性を兼ね備えた「管理可能な炭素シンク」としての海藻養殖の可能性は、今後の研究と制度設計に大きな影響を与えると見込まれます。
ブラックカーボン
ブラックカーボン(Black Carbon, BC)は、化石燃料、バイオマス(薪、農業残渣)、バイオ燃料の不完全燃焼によって生成される微細な炭素粒子で、いわゆる「すす(soot)」の主成分です。 大気中に広がるブラックカーボンは、炭素性エアロゾル(carbonaceous aerosol)に分類され、都市の煙霧(スモッグ)や排気ガスなどに広く含まれます。
ブラックカーボンは、温室効果ガス(CO2など)とは異なり、大気中の寿命が数日〜数週間と短いにもかかわらず、太陽光を強く吸収して加熱効果をもたらす「短寿命気候汚染物質(SLCP)」の中で最も温暖化効果が高いとされています。 2008 年の Ramanathan and Carmichael の研究以降、ブラックカーボンは二酸化炭素に次ぐ温暖化の主要因のひとつとして国際的に認識されるようになりました。
ブラックカーボンは、主に以下の2つの経路で温暖化を進行させます:
グリーンカーボン
グリーンカーボン(Green Carbon)とは、陸地に生息する光合成生物(主に森林・草原・農地の植物群)が大気中の二酸化炭素(CO2)を取り込み、炭素として固定したものを指します。 これには、生体内の炭素(バイオマス)だけでなく、土壌有機炭素(soil organic carbon)として貯留される炭素も含まれます。
グリーンカーボンを担う代表的な生態系には以下のものがあります:
これらの生態系は、人為起源CO2排出量の約30%を吸収しているとされ、地球規模の炭素収支において極めて重要な役割を果たしています(Global Carbon Project, 2023)。
年間炭素固定量(純生態系生産量)とその目安(g C -2 yr-1)
以下は、生態系ごとの年間炭素隔離量(Net Ecosystem Production, NEP)の代表的なレンジです(Pan et al. 2011; Luyssaert et al. 2007 などより):
先述のMcleod et al. (2011) に見られるレベルは、古いまたは誤解を招く数値の可能性があり、現在ではより包括的な観測やモデルに基づいた数百g単位のスケールで報告されることが主流です。 加えて、土壌に蓄積された有機炭素量は、生態系によってはバイオマス中の炭素を超えることもあり、陸上のグリーンカーボンストックは全球の炭素貯蔵の約30%を占めていると推定されています。
グリーンカーボンの気候緩和価値と今後の課題
グリーンカーボン生態系は、炭素吸収の場であると同時に、土地利用変化や森林伐採などによって炭素の放出源に転じるリスクも抱えています。 特に、気候変動による干ばつ、山火事、病害虫の増加は、これらのシステムの安定性を脅かしており、管理・保全・再生(森林再生、草地管理)などを通じたアプローチが急務とされています。
ブラウンカーボン(Brown Carbon)
ブラウンカーボン(Brown Carbon)は、有機炭素性エアロゾル(organic carbonaceous aerosols)の一種であり、ブラックカーボン(黒色炭素)とは異なる光学特性を持つ粒子群を指します。 大気中に浮遊するこれらの粒子は、ブラックカ ーボンほど強くはないものの、可視光の一部(特に短波長域)を吸収する性質を持ち、地球の放射バランスに影響を与えます。
主な発生源は以下の通りです:
温室効果ガスとその最新濃度
一部の文献では、温室効果ガス(GHGs)も広義の「ブラウンカーボン」カテゴリに含めて議論されることがありますが、科学的には通常、気体 成分とエアロゾル粒子は別の気候因子として分類されます。とはいえ、どちらも温暖化に寄与する点で共通しています。 代表的な温室効果ガスとその2023年の平均濃度(WMO, 2023)は次の通りです:
これらの増加は、化石燃料の使用、農業活動(特に家畜と稲作)、肥料の使用、森林伐採などの人為活動に起因しています。
ティールカーボン
ティールカーボン(Teal Carbon)とは、湖沼、湿原、沼地、淡水湿地などの内陸淡水生態系が吸収・貯留する炭素のことを指します。 この用語は、グリーンカーボン(陸上)とブルーカーボン(海洋)の中間的な存在として、比喩的にグリーンとブルーを混ぜた「ティール色(teal)」に由来しています。
この概念は、Nahlik and Fennessy (2016) をはじめとする研究によって広まり、特に北米やアフリカ、アジアに広がる広大な湿地帯がもつ炭素隔離機能が注目されています。 淡水湿地は非常に効率的な炭素固定システムでありながら、ブルーカーボン政策枠組みの中で見落とされがちであった領域です。 ティールカーボン生態系の特徴と気候との関係 淡水湿地には以下のような炭素循環上の重要な特徴があります:
気候政策とティールカーボンの位置づけ
近年では、国連やラムサール条約(Ramsar Convention)など国際的な枠組みにおいても、内陸湿地の気候緩和への寄与が再評価されており、「ティールカーボン」は単なる分類を超えた戦略的保全対象となりつつあります。 特に、湿地再生(wetland restoration)や炭素クレジット市場における評価基準の策定において、ティールカーボンの科学的裏付けが求められています。
レッドカーボン
レッドカーボン(Red Carbon)とは、氷河や雪面に生息する着色微生物、特に氷雪藻(snow algae)によって引き起こされる気候影響を指す新しい概念で、カーボン・レインボーの一角として近年提案されました(Dial et al. 2018)。 氷雪藻(例:Chlamydomonas nivalis)は、極地や高山の融解期に出現し、アスタキサンチンなどの赤色・オレンジ色のカロテノイド色素を含んでいます。 この色素は、青色光や緑色光を吸収し、雪面のアルベド(反射率)を低下させるため、太陽放射の吸収が増加し、氷や雪の融解が加速されます。
レッドカーボンの温暖化フィードバック効果
このプロセスは、以下のような正のフィードバックループを形成します:
この現象は特にグリーンランドやアルプス、アラスカ、ヒマラヤ地域で観測されており、極域での氷床・氷河の安定性に対する新たなリスク要因として注目されています(Cook et al. 2020)。
レッドカーボンの気候変動における意義
レッドカーボンは、直接的な炭素放出源ではないものの、その「間接的な温暖化促進作用(albedo-driven warming)」によって、極域の温暖化加速と海面上昇リスクに大きな影響を与えると考えられています。 IPCC第6次報告書でも、氷面のアルベド低下を引き起こす生物学的要因が、従来過小評価されてきたことが指摘されています。
年間あたりの炭素隔離速度はグリーンカーボン生態系よりブルーカーボン生態系の方が高い。 縦軸は対数表示です。海藻藻場の情報はほとんどありません。 Mcleod E, Chmura GL, Bouillon S, Salm R, Bjork M, Duarte CM, Lovelock CE, Schlesinger WH, Silliman BR. 2011. A blueprint for blue carbon: toward an improved understanding of the role of vegetated coastal habitats in sequestering CO2. Frontiers in Ecology and the Environment 9: 552–560 (https://doi.org/10.1890/110004)
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